わたしを整えてくれるもの
「食べること、温めること、描くこと」

森の暮らしと保存食文化

東京から長野県の北アルプスの麓の森に移住して、もうすぐ2年になります。
驚いたのは、長野の食の豊かさでした。
春の山菜の時期には、私が暮らす森の敷地内だけでも、ふきのとうにはじまり、タラの芽、こごみ、ゼンマイ、コシアブラ、ノビル、行者ニンニクなどが採れ、食材には困りません。移住40年という森のエキスパートのお隣さんには、「ノカンゾウ」という野草を教えていただき、ちょっと一品欲しい時には、おひたしや酢味噌󠄀にして何度も食卓に上がりました。

  • 森で採集した山菜 お裾分けしたり・されたりで、今年の春は買い出し不要でした 森で採集した山菜 お裾分けしたり・されたりで、今年の春は買い出し不要でした
  • 保存食作りに、広く設計したパントリーが大活躍 保存食作りに、広く設計したパントリーが大活躍

秋になると、ご近所の方から野生のきのこをいただくこともあります。その日中に食べられないものは天日干しにし、出汁として使います。これからは梅や杏の季節。梅干し、酵素シロップ、果実酒だけでは追いつかず、醤油漬けやオリーブオイル漬けにしています。自然の恵みを余す所なく利用する、保存食文化の素晴らしさを実感する日々です。

  • 長野県大町市生まれの郷土料理家横山タカ子さんのレシピブックを参考にすることも 長野県大町市生まれの郷土料理家横山タカ子さんのレシピブックを参考にすることも
  • 移住後に知った香茸は、地元では松茸よりも好きな人が多い香り高いきのこ 毎年干してポルチーニのように使用しています 移住後に知った香茸は、地元では松茸よりも好きな人が多い香り高いきのこ 毎年干してポルチーニのように使用しています

最近は醤油を手作りしている友人から「もろみ」を分けていただき、野菜のもろみ漬けをはじめました。これが驚くほど簡単で、一晩で味が芯まで沁みる。東京では糠漬けを何度もダメにしていたので、嬉しさもひとしおです。

醤油を絞った後のもろみはもろみ漬けに 醤油を絞った後のもろみはもろみ漬けに

移住後に知った「すんき漬け」にも夢中になりました。赤蕪の葉を塩を使わず乳酸発酵させる、木曽地方の伝統的なお漬物です。長野県名産の野沢菜漬けも、そのまま食べるだけでなく、豚肉や魚と炒めることで立派なおかずになると知りました。

忙しくも充実の東京生活

振り返れば、東京に暮らしていた時も自然に寄り添う暮らしには憧れていましたが、大好きなファッションや美容の仕事に夢中で、月の半分は外食頼りに。お気に入りの飲食店がいくつかあり、外食は仕事とプライベートを切り替えるための、小さなリセットでもあったように思います。そして、気が向いた時だけ、梅の酵素シロップを漬けたり、味噌󠄀仕込みのワークショップに参加したり、ちょっとだけ丁寧な暮らしをしている気分になっていたのです。

少しわたしの人生に触れさせていただきますと、20歳で山形から上京し、20代半ばで看護師からメイクアップアーティストへ転身しました。気づけば東京生活は25年以上。コスメブランドの立ち上げや書籍の出版など、夢だった仕事を次々に叶え、仕事も社交も充実した日々を送っていました。けれど、いつしか心も身体も、どこか重たさを感じるように。

どうにか乗り越えようと、植物療法を学び、自分の身体を実験台のようにして様々な食事療法も試しました。糖質制限、ヴィーガン、ファスティング、グリーンスムージーなどなど。実践中は身体が軽くなり、調子も良くなる。でも、どんな食事法も、万人に合うわけではありません。葉野菜中心の食生活と、素足が基本だった生活を続け、もともとあった「冷え性」が加速。いつしか平熱30度台が当たり前の体になっていました。

東京では「やまと薬膳」を主宰するオオニシ恭子先生の味噌󠄀作りワークショップに参加していました 東京では「やまと薬膳」を主宰するオオニシ恭子先生の味噌󠄀作りワークショップに参加していました

冷えはホルモンバランスに深く関係している

「女の子は身体を冷やしたらだめだよ」

そんな言葉を聞いたことがある方も多いと思います。生理痛の時にお腹を温めると楽になるように、体感としては理解していたけれど、その理由をきちんと理解したのは、植物療法を学び、女性の体について学び直した40歳の頃でした。

女性ホルモンは、脳の視床下部からの司令で下垂体から性腺刺激ホルモンが分泌され、血流に乗って卵巣へ届きます。卵巣でエストロゲンやプロゲステロンが分泌されると、その血中濃度を視床下部が感知して分泌をコントロールし、ホルモンバランスをとっています。つまり、冷えて血流が滞った身体では、その伝達にも影響が出やすく、様々な不調につながることがあるのです。

植物療法では、不調に合わせたハーブや食材について学びます。でも、いくら身体に良いものを摂っても、それを全身へ届ける「巡る力」がなければ意味がない。2020年、コロナ禍で世界が止まった時、私はようやく、自分の「冷え」と本気で向き合いました。当時は更年期にも差しかかり、常にイライラして、怒りの沸点がとても低かったんです。そんな自分に、「なんて性格が悪いんだろう……」と落ち込むこともありました。信頼するクリニックでホルモン値を測り、漢方薬を処方していただき、ホルモンバランスや自律神経を整えるハーブも取り入れていました。でも、「まずはこの冷えをなんとかしないと、根本は変わらない」と感じたのです。

医学博士 産婦人科専門医 ルボア フィトテラピースクール特別顧問のベランジェール・アルナール先生からディプロマを授与されたときの思いは、今でも胸の中に ルボア フィトテラピースクールのメディカルコースで得た知識と知恵は人生の宝物
医学博士 産婦人科専門医 ルボア フィトテラピースクール特別顧問のベランジェール・アルナール先生からディプロマを授与されたときの思いは、今でも胸の中に

「冷えとり健康法」との出会い

まず最初に取り組んだのは、愛知県の医師 進藤義晴先生が研究・考案した「冷えとり健康法」※1です。簡単に言うと、「冷え」とは、下半身が冷たく、上半身が熱い状態のこと。その冷えが万病の元であるとして、頭寒足熱の生活をこころがけることで「冷え」をとり、心身の排毒を促すというものです。身体の冷えについては体感もあるので理解できたものの、冷えは心の不調にもつながるという内容に、ホルモンバランス絶不調で心のバランスも危うかったわたしには、一筋の光にも思えました。
具体的な冷えとりの方法としては、おおまかに4つの基本※2があります※1。

①靴下の重ね履き最低4枚以上(絹、綿やウールなどの天然素材)を交互に重ねて履き、足元を徹底的に温める。
②半身浴。みぞおちから下のぬるめのお湯に20分以上、じっくりと浸かる。
③服は「頭寒足熱」を意識し、上半身は薄着で下半身を重ね着などで温かく保つ。
④食べ過ぎに注意。内臓(胃腸)に負担をかけないよう、腹八分目を心がける。

生活習慣もファッションも変わるので、なかなか踏み出せなかったのですが、「ステイホーム」が私の背中を押してくれました。好きな時に好きなだけ半身浴をして、ファッションを気にせず靴下を重ね履きする。お取り寄せと料理に夢中になり、腹八分目で止めることが唯一難しかったかな。

今振り返れば、厳密な実践ではなかったと思います。でも、心も身体も冷え切っていた私は、薄皮を剥がすように少しずつ、変わっていきました。のぼせるような怒りが減り、重心が下に降りてくるような、不思議な安心感が生まれていったのです。

冷えとりをはじめたばかりの頃 今では靴下10枚以上重ねばきすることも! 冷えとりをはじめたばかりの頃
今では靴下10枚以上重ねばきすることも!

養生の先にあったもの

それから2年後、元に戻りつつある社会の空気感に反してわたしの心に芽生えていたのは、「本当はどんな暮らしがしたいんだろう」という問いでした。もう元のサイクルには戻れないという気持ちと同時に、「自然の中で暮らしたい」という強い思いが湧きあがり、2022年の春、二拠点生活の土地を探しはじめました。

いくつか候補地を巡る中で、北アルプスを望む湖畔に暮らす友人夫婦の家を訪れました。そこでの風景や彼らの暮らしを目の当たりにし、「ここに住む」と。まるで恋に落ちたように即決していました。

長野県中信地方。立山黒部アルペンルートの玄関口でもあるこの場所は、東京から決して近くはありません。どのルートでも3時間以上かかるので、二拠点生活は現実的ではなくなる。それでも不思議と迷いはありませんでした。

以前の私は、自分でも呆れてしまうほど優柔不断な性格。そんな私が、この時焦らず、自分の感覚で即決できたのは、「冷えとり」によって胆力がついてきていたからかな、と思います。

今住む森と出会い、私自身がいちばん驚いているのは、「絵を描く人」になったことかもしれません。森で暮らしていると、光が毎日違って見えます。雨上がりの湿った木々のきらめき、雪の日の静けさ、朝焼けを受けた北アルプス。いつしか、その時々に感じた心象風景を描くようになっていました。

冷えとりをはじめたばかりの頃 今では靴下10枚以上重ねばきすることも! 放置林だった森を購入し、間伐からスタート。自生するクロモジで蒸留水を作ることも

絵日記のように日課にしていた水彩画を、文筆家の服部みれいさんとの詩画集という形で共著を出版。その後すぐに東京代官山にあるSISON GALLERyで個展を開催。2025年にオーガニックコスメブランドのAMRITARAのポーチのデザインと絵画提供。今年は長野県大町市にあるヘアケアブランドLA CASTAのコフレのシリーズにも絵画を提供し、デザインに関わっている最中です。

移住前には想像もしなかった人生が展開していることに、毎朝「夢じゃなかった!」と叫びたい気持ちでいっぱいになります。

2024年11月、SISON GALLERyで個展を開催 2024年11月、SISON GALLERyで個展を開催

わたしの“日々をととのえる”もの

6月末からは県内で2度目の作品展になる、松本市の書店兼喫茶「 栞日 」さんで個展を予定しています。栞日は松本市の駅から徒歩10分。独自の選書も素晴らしく、お茶もスイーツも美味しいので、ぜひふらりと遊びにきてください。

少し横道に逸れてしまいましたが、食も冷えとりも私にとっては大切なセルフケア。養生を暮らしの真ん中にしてみたら、自分の中から新しい表現が溢れてきた。生まれたてのそれを、伸びやかに育みながら。これからも、ストイックになりすぎず、心地よさを楽しみながら、日々をととのえていきたいと思います。

早坂 香須子個展
「わたしのからだは詩でできている」
会期 2026/6/27~7/12 7:00-20:00 水曜定休
場所 栞日 
〒390-0815 長野県松本市深志3丁目7−8

出典
※1「新版 万病を治す冷えとり健康法」進藤義晴著(農山漁村文化協会)
※2「服部みれいの冷えとりスタイル100連発ッ」服部みれい著(エムエムブックス)

早坂香須子 Kazuko Hayasaka @saikocamera

筆者プロフィール

メイクアップアーティスト・画家早坂香須子 Kazuko Hayasaka

看護師として大学病院に勤務した後、メイクアップアーティストへ転身。数々の雑誌や広告等で女優やモデルのメイクアップを担当する。アロマテラピーや植物療法を中心としたオルタナティブな療法を学び、医学や自然療法の知識をベースとしたインナービューティの情報発信やオーガニックプロダクトのコンサルタントなど活躍は多岐にわたる。
近年では、執筆、コスメのプロデュースや香りの提案、店舗コンサルタント、トークイベントへの出演などにも活動の場を広げている。
2024年夏、長野県に移住し、森の再生をしながら暮らしている。自身初の画集となる「わたしの中にも朝焼けはある」(服部みれい共書)(河出書房)を同年10月に上梓。
AMPP認定 メディカル フィトテラピスト。

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